聴覚障害と英語教育

聴覚障害児への英語指導は,人工内耳や補聴器の技術的な進歩によって,日本語音を介さずに英語音声や口話を活用した指導が可能です。在籍する学校環境(聴覚障害特別支援学校(聾学校)か公立小中学校)や,各個人の聞こえの特性を十分に理解した上で,個別最適な指導方法や合理的配慮を検討していく必要があります。



1.聴覚障害児の特性を理解しよう
  難聴の種類
  聞こえの程度(聴力レベル)
  音素や言語によって異なる周波数:英語の周波数は日本語よりもとても高い!

2.聴覚障害児が英語を学ぶ音環境を把握しましょう
  (1)公立小中学校
      通常学級で外国語を学んでいる聴覚障害児
      通常学級や聞こえ学級の英語授業中の騒音値
      高学年の活動別騒音値
      傾聴姿勢の指導
      外国語授業中の合理的配慮
  (2)特別支援学校(聴覚障害)
      「準ずる教育」と「4技能」
      環境整備
      日本語教育に注力してきた聴覚障害児教育



1.聴覚障害児の特性を理解しよう

難聴の種類

伝音性難聴 外耳や中耳の働きに問題が生じて,音が伝わりにくい。音を大きくすれば聞こえるので,補聴器の装用効果が高いとされる。
感音性難聴 耳の奥側の内耳・聴神経・脳の中枢の感音系神経において障害が起こることが原因と考えられる。音がひずんで聞こえやすい。また,高音域が聞こえづらいこともある。そのため,音の存在を認識できても,言葉としての理解が難しいことが多い。先天性,あるいは,突発的性難聴やメニエール病にかかって一時的に聴力が低下する場合,加齢による老人性難聴が知られる。
混合性難聴 伝音性難聴と感音性難聴の両方の症状が現れる。中耳炎の悪化や内耳が損傷を受けて発症することがある。小さい音は聞こえづらく,音がぼやけるように感じる。老人性難聴の多くは,このタイプが多い。

 

聞こえの程度(聴力レベル)

聴力レベル(日本聴覚医学会難聴対策委員会「難聴(聴覚障害)の程度分類について」2014,p.6)

聴力レベル(日本聴覚医学会難聴対策委員会「難聴(聴覚障害)の程度分類について」2014,p.6)



音素や言語によって異なる周波数:英語の周波数は日本語よりもとても高い!

 近年の補聴器や人工内耳の技術の進歩によって,補聴器や人工内耳を装用している聴覚障害児は,残存聴力を活用しながら語音を聴取できることがわかっています(中山ら,2006)。しかしながら,音素の種類によって聞こえが異なるので,聴覚障害児への音の指導には注意が必要です。低周波の母音は比較的聴取しやすい一方で,高周波の子音は聞き取りづらいと言われており(Oyer & Doudna, 1959),特に,/f//s//T/などの摩擦音は4000Hz以上の高周波なので非常に聞き取りにくく(下記,Speech banana参照),日本語では周波数の高いサ行の聴取が難しい(加藤・須藤・原島・吉野・江口,1984)ことが分かっています。性別では,男声の方が周波数が低く, 聴覚障害者には聞き取りやすいと言われています(Stelmachowicz, Nishi, Choi, Lewis, Hoover, & Dierking, 2008)。

さらに,日本語話者にとっては,そもそも英語の周波数が高いことが聞こえづらい要因のひとつとして挙げられます(下記,各言語の周波数を参照)。

Speech banana (University of California San Francisco, Department of Otolaryngology-Head and Neck Surgery)

Speech banana (University of California San Francisco, Department of Otolaryngology-Head and Neck Surgery)

 

各言語の周波数(パスバンド)(村瀬,1996, p.79)

各言語の周波数(パスバンド)(村瀬,1996, p.79)

 

 上記のパスバンドの図によると,日本語の周波数は125Hzから1500Hzの範囲に収まっていますが,英語は2000Hzから12000Hz以上,アメリカ英語も750Hzから4000Hz近い周波数帯にあり,日本語に比べてとても高いことがわかります。つまり,4000Hz以上の/f//s//T/のような英語の摩擦音は,日本語母語の聴者にとっても聞こえづらいということです。

聴覚障害者にとって,無声摩擦音の[s][S](日本語ではサ行)や無声破裂音[k][t](日本語ではカ行,タ行のタテト)の聴取は特に困難であり,/d/が/r/,/m/が/b/のように,音素が別の音素に聞こえてしまう異聴傾向も強いと言われています(長南,2021)。また,摩擦音の中でも歯茎摩擦音の/s/や/z/は,複数形の語尾,動詞の時制(3人称単数現在形),所有格など文法上重要な役割を担っていることから,英語母語の軽度から中度難聴児でも,3人称動詞の語尾のsが落ちるエラーが起こりやすいことが報告されています(Elfenbein, Hardin-Jones, & Davis, 1994; McGuckian & Henry, 2007; Norbury, Bishop, & Briscoe, 2001)。





2.聴覚障害児が英語を学ぶ音環境を把握しましょう

(1)公立小中学校

通常学級で外国語を学んでいる聴覚障害児

補聴器を使用する児童生徒のうち,聾学校や養護学校に在籍しているのは17%で,63%は通常学級,15%は特別支援学級(聴覚障害)に在籍しています(下図)。つまり,聴覚障害児の約8割は公立小中学校で教育を受けているのです。

日本学校保健会,2004,p4
日本学校保健会,2004,p4

 

公立小中学校の聴覚障害特別学級(聞こえ学級)に所属する聴覚障害児のほとんどは,通常学級において聴児とともに外国語(英語)の授業を受けています。ほとんどの小中学校では,手話は活用せず,口話と音声による一斉授業を主体として実施されていることから,聴覚障害児の聞こえや構音力を考慮した上での一斉授業中の合理的配慮,一斉授業内容を加味した個別最適な指導が求められています。

 

通常学級や聞こえ学級の英語授業中の騒音値

以下の表は,聴覚障害児が在籍しているある公立小学校で外国語授業が実施される3教室(①遮音性能のある聴覚障害特別支援学級教室,②聴覚障害児が在籍する高学年通常学級教室,③低学年の聴覚障害児が通常学級児童とともに外国語授業を受けている英語ルーム)の外国語授業中の騒音値を示します(河合,2019;2021b)。

 A小学校3教室の騒音平均値dB(LAeq)の記述統計(河合,2021b)
A小学校3教室の騒音平均値dB(LAeq)の記述統計(河合,2021b)

各教室の最高値は,高学年通常学級教室が100dB,英語ルームでは94.dBと,きわめてうるさいレベルで,平均値でも集中力の低下が起こるうるささ(「うるささの指標」を参照)だということがわかります。

 

「うるささ」の指標(降旗・柳沢,1995)
「うるささ」の指標(降旗・柳沢,1995)



高学年の活動別騒音値

それでは,外国語授業中にどんな活動時にどれくらいの騒音が発生しているのでしょうか?高学年の外国語科では,5領域(聞く・読む・話す【やり取り】・話す【発表】・書く)に関わる活動を以下に挙げ,それぞれの活動中に発生する騒音平均値を示します。

外国語授業中の活動分類(河合,2023)

外国語授業中の活動別平均騒音値(騒音値は56.0~72.0dBの範囲で示す。)(河合,2023)
外国語授業中の活動別平均騒音値(騒音値は56.0~72.0dBの範囲で示す。)(河合,2023)

総じて,「話す」技能の騒音値が高く,中でも対話をする①やり取りや②インタラクションの騒音値が高く,読みながら発音したり,リスニングや書きの活動の平均騒音値が比較的低いことが報告されています(河合,2023)。①や②の活動中の聴覚障害児にとっては,周囲の子どもの声や立ち歩く騒音を補聴器が拾ってしまい,やり取りをしている相手の声が聞こえづらい状態になってしまいます。


傾聴姿勢の指導

このような聞き取りにくい環境の中でも,一斉指導において教師が語彙や目標表現を発音して児童にも発音を繰り返させる④発音の活動では,ALT(外国人指導助手)が目標語彙を発音する際は一斉に発音する指導者の口形を注視し,静かにすること,各児童が目標表現を使った⑥発表の活動では,静かにして発表者を注視するような「傾聴姿勢」を徹底して指導すると,「静けさ」を実現させ,聴覚障害児への聞こえやすさを改善することができます。

 

外国語授業中の合理的配慮

基本的な合理的配慮(机や椅子にスポンジがつけられている,「ロジャーマイク」を使用したデジタルワイヤレス補聴援助システムの活用)を前提として,英語授業中にできる具体的な配慮策を紹介します。活動ごとにできる配慮がポイントです。

・傾聴姿勢の徹底:全ての児童が英語指導者の口形や口周辺の筋肉の動きを「見る」,静かにして発音を聞く,模倣して発音する傾聴姿勢を徹底する。

・外国語授業全般の配慮:教師の顔がよく見える前方に座らせ(ただし最前列は避ける),机に高周波音域の聞こえの明瞭度を高め,音の拡散を防ぐ指向性の高い移動設置型支援スピーカーと専用マイク(*COMUOON等が知られています)を設置するとよい。

補聴器装用者にはデジタルワイヤレス補聴支援システムを活用して聴覚保障をおこなう。ティームティーチング(TT)の場合は,主に発音・発話する教師がロジャーマイクを首に掛け,児童の補聴器ロジャーがマイクからの音声を受信する。テレビモニターから映像を視聴する場合やリスニング問題を実施する場合は,支援スピーカーとテレビを接続して聴覚保障をおこなう。それでも理解が難しい場合は,教師や支援員が児童の側で学習サポートをおこなう。但し,単語や文にカタカナを書いて示すことはしない。CDプレイヤーは,周波数域がカットされるため極力使用しない。

・「やり取り」の活動:目標表現についてヒントを与えて質問の意図を理解させ,答えを引き出すような足場掛けをおこなう。要約筆記や単語や文にカタカナを振って補助することはしない。

・「インタラクション」:学級児童が次々と相手を変えて目標表現を含むやり取りに取り組む際は,ロジャーマイクを対話者の児童に渡して聴覚保障を行う。「やり取り」の場面と同様に,要約筆記や単語や文にカタカナを振って補助することはしない。

・「発表」の活動:ロジャーマイクを発表者が持つことで,聴覚保障をおこなう。聞こえづらい児童や聴覚障害児は,発表者の顔がよく見える位置に座る。教師は,発音と同様に,傾聴姿勢を促す。

・「発音」指導:発音を担当する教師がロジャーマイクを持ち,発音指導の際に口形や口周辺の筋肉を一斉に見て静かになるような傾聴姿勢を徹底する。ALTが発音を担当する場合は,担任や支援担当教員が傾聴姿勢を促す。

・「発音」「リスニング」「読み書き」の活動:聴覚障害児の机に支援スピーカーを置くことによって,教室後方まで聞こえづらい英語子音が聞こえるようになる。ICT機器による音声の場合は,連結装置と支援スピーカーをペアリングして音声を再生し,聴覚保障をする。

・授業に関わる指導者全員(通常学級担任・外国語専科教員・ALT・特別支援学級担任・通級担任・支援員)が指導案や教材を共有し,授業内容や指導のポイントをよく理解した上で,学習不安や支援が必要な児童への机間指導や個別のケアを指導者間で積極的におこなう。その際,聞こえづらい児童生徒だけでなく,英語学習に不安のある児童生徒や下位者の弱さの具体について指導者や支援者同士の情報共有が大切である。





(2)特別支援学校(聴覚障害)

  「両耳の聴力レベルがおおむね60デシベル以上の者」は,特別支援学校(聴覚障害)に在籍することができます(学校教育法施行令第22条3)。令和5年5月現在,特別支援学校(聴覚障害)の学校数は120校あり,約7500人の聴覚障害児が特別支援学校(聴覚障害)に在籍しています。

学校でのコミュニケーションは,音声,読話,手話,指文字,キュードスピーチなど子どもの実態に合わせて,さまざまな手段が組み合わされています。

 

「準ずる教育」と「4技能」

学校教育法第72条では,特別支援学校について次のことが示されています。

・小学校・中学校・高等学校に「準ずる教育」を行う。

・障害による学習上・生活上の困難を克服するための教育を行う。

 そのため,特別支援学校(聴覚障害)における英語教育では,原則として小学校・中学校・高等学校と同様の目標に沿って,教育が行われます。しかし,英語教育が目標とする「4技能の統合的な育成」は,音声の活用を前提としているため,聴覚障害児が学ぶ際には工夫が必要です。とりわけ,「聞くこと」「話すこと」は,聴覚障害児一人一人の障害の状態や,コミュニケーション方法,アイデンティティなどに十分配慮して,指導を行うことが大切です。

 

環境整備

 聴覚障害のある子どもが補聴器や人工内耳などの補聴機器を装用しながら,聴覚を活用して学び,学習効果を上げるために,さまざまな工夫がされています。また,補聴機器を装用しても,音声の細かな情報まで完璧に聞き分けることは,難しいです。そのため,聞き取りやすい環境整備をするとともに,視覚的な情報を充実させ,音声情報を補う取り組みも多く行われています。

・児童生徒の机を,教師に対して半円(馬蹄形)のように配置し,お互いの口形や手話を見やすくする。

・補聴援助システムを活用し,児童生徒の補聴機器に,より明確な音声を届ける。

・机や椅子の脚にスポンジなどの素材を付け,騒音や環境音を軽減する。

・ALTとの会話場面では,チャットや音声認識ソフトを併用する。

・教師の口形が見やすいように,板書と発話を分けて行う。

・発話者の口元を注視し,静かに音声を聞く傾聴姿勢を育成する。

・ ICTや板書により,視覚情報を充実させる。

児童生徒の机配置は馬蹄形に

児童生徒の机配置は馬蹄形に

https://hhot.cbm.org/en/card/classroom


日本語教育に注力してきた聴覚障害児教育

聴覚障害児教育を専門的に行ってきた特別支援学校(聴覚障害)では,従来から日本語の指導に注力してきた歴史があります。その中で,日本語の正しい発音方法を身につけるための指導法は,これまでに聴覚障害児教育の専門性として長く継承されてきました。

その指導法は,あくまでも日本語を身につけるためのものです。しかし,特別支援学校(聴覚障害)で育った子どもの多くは,正しい音声を発音するための原理に幼少のうちから触れている,ということになります。聞こえる人であれば母語の学習の中で自然に身につける発音ですが,特別支援学校(聴覚障害)に在籍する子どもの場合は「こうすれば発音できる」という発音の原理やコツを教師から教わっていることが多いのです。

こうした日本語の発音練習方法の一部は,英語の発音を指導する際にも,役立てられる可能性があります。例えば,英語の息の出し方や子音の調音点を指導したい場合には,日本語の発音練習で使ったノウハウを引き合いに出すと,スムーズに理解し発音を改善できる例があります。また,場合によっては,英語の音声を,それに近い日本語の音と比較したり確認したり目的として,カナ表記を補助的に用いることもあります。

そもそも英語と日本語の発音は大きく異なる,という前提に留意して指導する必要がありますが,子どもが幼い頃から持っている“コツ”を英語の勉強でも活かせる可能性はあるかもしれません。


キューサイン表(京都府立聾学校HPより)
キューサイン表(京都府立聾学校HPより)

 

出典:特別支援教育資料(令和5年度),文部科学省

京都府立聾学校 https://www.kyoto-be.ne.jp/rou-s/bushitu/you/you.htm

 

*Visual phonicsについてこちらをご参照ください。

https://www.youtube.com/watch?v=Nn5DaRUjgFQ

https://www.youtube.com/watch?v=De4tgamvppY

文責

河合裕美(神田外語大学)

田中豊大(筑波技術大学)

お問い合わせ info@audell.org